毎日の食事を、すべて手作りするのは大変なことです。献立を考え、食材を買い、調理をして、後片付けをする。食卓に一皿が並ぶまでには、たくさんの手間と時間がかかっています。
作り手から見た、いまの市販品
そんな日々を支えてくれるのが、市販のお惣菜やお弁当、冷凍食品などです。
最近の市販品は、本当によくできています。私自身、企業の商品開発に携わることがあり、現場でどれだけの試作と工夫が重ねられているかをよく知っています。味、食感、見た目、日持ち、そして価格。そのすべてを両立させるために、作り手たちは細かな調整を積み重ねています。
品ぞろえも実に幅広くなりました。温めるだけで食べられるもの、少し手を加えて仕上げるもの、材料と調味料がそろったミールキット。冷凍食品も、解凍するだけでお店のような本格的な一皿が味わえるものが増えています。
一人暮らしの方、共働きのご家庭、子育て中の方、高齢の方。暮らし方が多様になるにつれて、市販品もそれぞれの暮らしに寄り添えるよう、さまざまな形に進化してきたのだと感じます。
暮らしを無理なく続けるための工夫
平日の昼間にスーパーのお惣菜売り場をのぞくと、高齢の方の姿を多く見かけます。一品ずつ手に取り、今日の食卓を思い浮かべながら選んでいる。その様子を見るたびに、市販のお惣菜は買い物や調理の負担を軽くしてくれる、心強い存在なのだと感じます。
年齢を重ねると、重い食材を運ぶことも、長く台所に立つことも、少しずつ負担になっていきます。一人分や二人分を作るとなると、食材を使い切れずに持て余してしまうこともあるでしょう。少量ずつ、いろいろな種類を選べるお惣菜は、そうした暮らしにとてもよく合っています。
忙しいときや疲れているとき、すぐに食べられるものがあると助かります。市販のものを使うことは、暮らしを無理なく続けるための工夫の一つ。食事を用意する負担が減ることで、ゆっくり食べる時間や、気持ちの余裕が生まれることもあります。
手作りだから感じられること
一方で、手作りには手作りの良さがあります。
自分の好みに合わせて味付けを変えたり、食材のやわらかさや大きさを調整したり。旬の野菜を選び、切ったときの香りや、火を通すうちに変わる色を感じることも、料理ならではの楽しみです。
「今日は少し薄味にしよう」「食べやすいように、もう少し煮よう」。自分や食べる人のことを考えながら作る時間は、日々の食を見つめ直す機会にもなります。
台所に立つと、五感がいっせいに働き始めます。包丁の音、鍋から立ちのぼる湯気、味見をしたときの舌の感覚。手を動かしているうちに、頭の中のあれこれが少し静かになっていく。料理には、そんな気持ちを整える力もあるように思います。
ただ、その良さを得るには手間暇がかかります。時間や体力に余裕がないときまで、手作りを頑張り続ける必要はないと思います。
心理学から見る「手をかける」ということ
心理学には、この手作りの良さを説明してくれる考え方があります。
ひとつは「IKEA効果」です。自分で組み立てる家具にちなんで名付けられたもので、人は自分で手をかけて作ったものに、より高い価値を感じやすいという傾向を指します。行動経済学の研究者たちが実験で確かめたもので、完成品よりも、多少不格好でも自分で組み立てたものの方に愛着がわくというのです。料理にも同じことが言えそうです。自分で作った一皿は、たとえ見た目が素朴でも、どこか特別に感じられるものです。
もうひとつは「決定疲れ」という考え方です。人は一日のうちに数えきれないほどの選択をしていて、選ぶことが重なるほど、判断する力が少しずつすり減っていくと言われます。毎日の献立を考えることは、まさにこの選択の連続です。
市販品に頼る日は、この「決める負担」を軽くしてくれます。そして余裕が生まれた分、手作りに向き合う気持ちが戻ってくる。市販と手作りは対立するものではなく、お互いを支え合う関係にあるのかもしれません。
「自分の一手」を足すだけでも
市販のお惣菜に、手作りの汁物を添える。冷凍食品を活用しながら、余裕のある日に好きな料理を作る。そんな組み合わせも、毎日の食事の一つの形です。
もっと手軽な方法もあります。市販品に生の野菜を少し足す。仕上げにひとつトッピングをのせる。それだけで、食卓の印象はぐっと変わります。
私が好きなのは九条ねぎです。お惣菜や冷凍のうどんに、刻んだ九条ねぎをたっぷりのせると、香りと甘みが加わって、これがとても美味しいのです。
九条ねぎは京都の伝統野菜で、青い葉の部分までやわらかく、内側のぬめりに甘みがあるのが特徴です。薬味として少し添えるのではなく、主役の一つとして惜しまずにのせる。それだけで、いつもの一杯がごちそうに変わります。
ほかにも、揚げ物のお惣菜にせん切りキャベツや大根おろしを添える、煮物に木の芽や柚子の皮を散らす、冷凍のおかずに刻んだ大葉をのせるなど、方法はいくらでもあります。生の野菜のみずみずしさや香りが加わると、味に奥行きが生まれ、彩りも豊かになります。
こうした小さな一手も、立派な手作りです。先ほどのIKEA効果で言えば、ほんの少し自分の手を加えるだけで、その一皿は「買ってきたもの」から「自分で整えたもの」に変わります。
おいしい市販品を知っていることも、楽しみのひとつ
料理教室の生徒さんは、おいしい市販品をとてもよくご存じです。どこの何が美味しいか、楽しそうに話されている姿を見ると、これも食の楽しみのひとつだなと感じます。
そして時々、「これを手作りできませんか」と聞かれることがあります。私にとっても、これはとても楽しい研究です。その商品の良さがどこにあるのかを確かめ、価値をお伝えしたうえで、家庭で作るためのレシピをお伝えしています。
真似ができないものは、まずありません。そして、自家製だからこそ得られることもたくさんあります。日持ちはしなくても、香りが格段に良い。塩加減や甘さを自分好みに加減できる。市販品より美味しく仕上がることもあり、生徒さんにとても喜ばれています。
市販品は、多くの人に好まれる味を目指し、流通や保存にも耐えられるように作られています。それはそれで、素晴らしい技術です。一方で家庭の料理は、目の前の家族のためだけに作ることができます。作ってすぐに食べられるからこそ、香りの立った一番おいしい瞬間を味わえる。これは、家庭の台所だけが持っている強みです。
市販品を「お手本」にして、自分の家の味に作り変えてみる。そう考えると、市販品と手作りの距離は、ぐっと近くなります。
市販の便利さに助けてもらう日も、手作りを楽しむ日もあっていい。そのときの暮らしに合った方法を選びながら、食べることを大切にしていきたいですね。
余裕のある日の手作りを、もう少し楽しみたい方へ。食の学びの体験レッスンでは、季節の日本料理を一緒に作りながら、料理を作る喜びを味わっていただけます。
手作りがなぜ心を満たすのかは、心理学の視点からこちらの記事で詳しく書いています。▶ なぜ手作りする料理が大切なのか?心理学と研究でわかる驚きの効果
