大根を1本買うのは、重い。それでも冬に1本買いたい理由|立冬

大根を1本買うのは、重いです。

当たり前のことなのですが、売り場で手に取った瞬間、腕にずしりとくるあの重さ。ついでに買うつもりだったなら、その重さが「買うか、やめておくか」の分かれ目になります。帰り道が長い日や、駅から家まで歩く日は、なおさら迷いますよね。

そして「よし、今日は大根を買う」と決めた日は、ほかのものを少し買い控えることになります。持って帰れる重さには、限りがあるからです。

では、そこまでして持ち帰った大根に、それだけの値打ちはあるのでしょうか。

今日、11月7日は立冬。暦の上では、今日から冬が始まります。冬の入り口に、少し重たい大根のお話をさせてください。

立冬、大根がいちばん甘くなる季節

立冬は二十四節気のひとつで、秋分と冬至のちょうど中ほどにあたります。木枯らしが吹きはじめ、朝晩の冷え込みがぐっと深まる頃です。次の節気「小雪(しょうせつ)」は11月22日。この二週間ほどのあいだに、店先に並ぶ大根は、目に見えて太く、みずみずしくなっていきます。

冬の大根が甘いのには、理由があります。

寒さが厳しくなると、大根は自分の体が凍ってしまわないよう、根の中に糖をため込みます。水に砂糖を溶かすと凍りにくくなるのと同じ理屈で、糖の濃度を上げて、寒さから身を守っているのです。霜に当たった野菜は甘くなる、と言われるのも、この働きによるものです。

つまり冬の大根の甘さは、寒さを生き抜こうとする大根自身の工夫。私たちはその工夫を、おいしさとしていただいているのですね。

冬に大根を食べる意味 ―― 科学と薬膳、ふたつの視点から

昔から「大根どきの医者いらず」と言います。大根が出回る季節には、医者にかかる人が減る、という意味です。お隣の中国にも「冬は大根、夏は生姜を食べれば、医者に薬を出してもらわなくて済む」という古い言葉があります。

海を隔てたふたつの国で、同じように冬の大根が大切にされてきた。面白いことだと思いませんか。昔の人が暮らしの中で感じてきたことを、今の目で少しのぞいてみましょう。

科学の視点:消化を助け、ごちそうの季節を支える

大根には、でんぷんの消化を助ける酵素(ジアスターゼ。アミラーゼとも呼ばれます)が含まれています。この酵素は熱に弱いため、その働きを生かしたいときは、生やおろしでいただくのが向いています。

ここで思い出していただきたいのが、昔ながらの組み合わせです。つきたてのお餅に大根おろしをからめる「からみ餅」。脂ののった焼き魚に、そっと添えられた大根おろし。年末年始にかけてごちそうが続き、お餅をいただく機会も増えるこの季節に、先人は自然と大根を添えてきました。理屈を知らなくても、体がそれを求めていたのかもしれません。

また冬は、昔は青菜が少なくなる季節でもありました。大根は干して切り干し大根に、漬けてたくあんにと姿を変え、長く保存されて冬の食卓を支えてきました。干すことで甘みと旨みがぎゅっと凝縮されるのも、日本の台所の知恵のひとつです。

薬膳の視点:胃をととのえ、のどをうるおす

中国の伝統医学にもとづく食養生、いわゆる「薬膳」の考え方では、大根は味が「甘・辛」とされ、食べ過ぎて胃にとどまったものを動かし、消化を助ける食材と考えられています。また、気のめぐりを下へと整え、お腹の張りをやわらげるとも言われます。

もうひとつ大切にされてきたのが、のどへのはたらきです。痰を切り、乾いたのどをうるおすとされ、はちみつに大根を漬けた「はちみつ大根」が、家庭の知恵として昔から伝えられてきたのもこのためです。

冬は寒さで体を動かす量が減り、鍋や肉料理、年末年始のごちそうで胃腸に負担がかかりやすい季節です。そして空気が乾き、のどを痛めやすい季節でもあります。そのふたつに寄り添う食材だからこそ、大根は冬にこそ食べたい――それが薬膳の考え方です。

ちなみに大根の種も「萊菔子(らいふくし)」という名で、消化を助けるために古くから用いられてきました。根から種まで、人の暮らしに寄り添ってきた野菜なのですね。

生でいただくか、火を入れるか

薬膳では、生の大根は体の熱を冷ます「涼」の性質を持ち、火を入れると性質がおだやかになって、甘みが増すと考えられています。体が冷えやすい方は、生よりも煮物や汁物にしていただくのがよいとされます。

これは先ほどの科学のお話とも、きれいに重なります。消化の酵素を生かしたいときは、おろしや生で少し。体を温めたいときは、ふろふき大根やおでん、お味噌汁で。どちらが正しいということではなく、その日の体と相談しながら選べばよいのです。

※ここでご紹介した薬膳の考え方は、昔から伝えられてきた食養生の知恵であり、病気の予防や治療を約束するものではありません。体調に不安のある方は、医師にご相談ください。

1本の中に、味がいくつもある

大根を1本で買うと、うれしいことがあります。1本の中に、いくつもの味が入っていることです。

大根1本の「味の地図」

首(葉に近いほう)甘みが強く、辛みはおだやかサラダ・甘いおろしに
真ん中甘みと辛みのバランスがよく、やわらかふろふき・おでん・煮物に
先(根の先端)ぴりっと辛い薬味のおろし・お味噌汁・漬物に
← 甘い辛い →

葉に近い「首」のほうは、甘みが強く、辛みはおだやか。生のままサラダにしたり、甘いおろしにしたりするのに向いています。

真ん中は、甘みと辛みのバランスがよく、身もやわらか。煮崩れしにくいので、ふろふき大根やおでんなど、じっくり煮含める料理にぴったりです。煮物の味つけに使う醤油の選び方は、薄口醤油と濃口醤油の違いの記事でご紹介しています。

そして先のほうは、ぴりっと辛い。焼き魚に添える薬味のおろしや、お味噌汁、漬物に向いています。

大根の辛みは、すりおろしたり刻んだりして細胞が壊れたときに生まれる成分によるもので、先のほうほど多く含まれています。この辛みは時間とともに抜けていくので、おろしは食べる直前にするのがおすすめです。おろし方でも味は変わり、力を入れて手早くおろすと辛く、円を描くようにやさしくおろすと、まろやかになると言われています。

カットされた大根も便利ですが、半分に切られていれば、首か先か、どちらかの味しか楽しめません。1本の大根は、それだけで小さな「味の地図」なのです。

葉と皮まで、捨てるところがない

葉つきの大根を見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。

大根の葉は、実は緑黄色野菜です。白い根とは違い、β-カロテンやカルシウム、ビタミンCなどを含んでいます。細かく刻んで炒めたり、ご飯に混ぜて菜めしにしたり。青菜が少なかった冬に、昔の人がこの葉を大切にいただいてきたのも、うなずけます。

皮のすぐ内側にも、ビタミンCが多く含まれていると言われています。厚めにむいた皮は、細く切ってきんぴらに。しゃきしゃきとした歯ざわりが心地よく、立派な一品になります。

ひとつ、買ったその日にしていただきたいことがあります。葉は、すぐに根から切り離すこと。葉をつけたままにしておくと、葉が根の水分をどんどん吸い上げて、根がしなびてしまうからです。切り離した根は新聞紙で包んで涼しい場所へ。葉は早めに使い切りましょう。

重たい思いをして持ち帰った1本を、葉の先から根の先まで使い切る。台所仕事の中で、これほど気持ちのよいことは、そうありません。

心を育てる視点 ――「重さ」をかけたものは、大切にできる

♡ 心を育てる視点

心理学には「イケア効果」という言葉があります。自分で手間をかけて組み立てた家具には、同じものを完成品で買うよりも愛着がわき、価値を高く感じる――そんな心の働きを表した言葉です。

大根にも、どこか似たところがあるように思うのです。重たい思いをして、ほかの買い物を我慢してまで持ち帰った1本。その分だけ、「ちゃんと使い切ろう」「おいしくいただこう」という気持ちが、自然とわいてきます。

大根は、ついでには買えません。だからこそ、買う前に少し考えます。今夜はふろふき大根にしようか、週末はおでんにしようか。買い物の前に献立を思い描くこと、それ自体が、料理を楽しむ入り口になっています。

そして1本を使い切れたとき、そこには小さな「できた」が残ります。心理学では、こうした小さな達成の積み重ねが「自分はできる」という感覚(自己効力感)を育てると言われています。料理が上手になっていく人は、きっとこの「できた」を、台所でたくさん重ねている人なのだと思います。

―― 講師より ――

私は料理を、「この素材をどう料理しようか」と考える楽しさだと思っています。

大根1本を前にして、首はどうしよう、真ん中は、先は、葉は、皮は……と考えはじめると、それだけで献立がいくつも浮かんできます。大根は、料理の楽しさがいちばん素直に詰まった食材のひとつかもしれません。

教室でお伝えしたいのも、レシピそのものより、こうした「素材を見る目」です。季節の料理をつくりながら、その目を一緒に育てていけたらと思っています。

重さの中にあるもの

大根を1本買うのは、やっぱり重いです。

けれど、その重さの中には、冬を越すための甘さがあります。ごちそうの季節を支えてきた、先人の知恵があります。1本の中に広がる、味の地図があります。そして、使い切ったときの小さな「できた」も。

重たい袋を提げて帰る道も、そう思えば、少しだけ足取りが軽くなるかもしれません。

立冬の今日、どうぞ1本の大根を。

重さに見合う楽しさを、教室で。

料理教室「食の学び」では、季節の食材を通して、日本料理の考え方と手の動きを学んでいただいています。11月のクラスは、次の日程で開催します。

11月19日(木)11:00〜13:30
11月20日(金)11:00〜13:30
11月21日(土)11:00〜13:30

はじめての方は、体験レッスンからどうぞ。

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料理教室 食の学び 柿澤 一氏

この記事を書いた人

柿澤ひとし