
立秋を過ぎると、暦の上では秋です。でも台所に立てば、まだ夏の熱気が漂っています。窓から入る風が少しだけ変わったような、そんな微妙な境目の季節。
この時期、私がいつも気にするのが「舌の状態」です。暑さで食欲が落ちたり、冷たいものを摂り続けたりしていると、味の感じ方が少し鈍くなることがあります。そういうときに限って、料理の仕上げで判断を誤りやすい。
だからこそ、立秋の頃は味見のやり方を意識的に丁寧にするようにしています。
「なんとなく」味見していませんか
料理に慣れてくると、味見は反射的に行うものになります。鍋をのぞいてスプーンを口に運ぶ、あの動作。でも、そのひとすくいで何を確かめているか、意識できているでしょうか。
味見には、見る順番があります。最初に確かめるのは「塩気」ではなく、「だしや素材の香りと旨み」です。まず全体のベースが出ているかどうか。そこから「甘み」「酸味」「塩気」の順に重ねて確認していく。塩を最後に調整するのには、ちゃんと理由があります。塩は他の味を引き立てるだけでなく、隠す力も持っているからです。先に塩を足してしまうと、素材の不足が見えにくくなる。
それから、もうひとつ大切なのが「間隔」です。ひと口味見をしたら、少し時間を置く。感覚的には30秒から1分、短い待ち時間ですが、この間に舌がリセットされます。立て続けに味見を繰り返すと、だんだん感覚が麻痺してくる。これは「感覚順応」と呼ばれる現象で、同じ刺激が続くと脳がその刺激を「普通」と判断して反応を弱めてしまう、というものです。料理の現場で言い換えると、「食べすぎて、もうわからなくなった」という状態です。
長く料理の仕事をしてきて、師匠に言われた言葉があります。
「味見は、確かめるためにするんじゃない。聴くためにするんだ。」
最初はぴんと来なかったのですが、今はよく分かります。味見とは料理に問いかける行為で、答えを押し付ける行為ではない、ということです。
水を挟む、という習慣
もうひとつ、私が長年続けている習慣があります。味見と味見の間に、水を一口飲むことです。
これは口の中をニュートラルに戻すためのもの。ソムリエがワインのテイスティングの間にパンや水を摂るのと、理屈は同じです。特に夏場は、口が乾きやすく、塩気への感覚が変わりやすい。水を挟むことで、毎回「初めて食べる」に近い状態で確かめることができます。
味見は、料理の途中に何度もすることが大切です。仕上げに一回するだけでは遅い。だしを引いた直後、具材を加えた後、煮詰まってきたとき。それぞれの段階で、料理は少しずつ変化しています。その変化を逐一追いかけることが、結果として「ぶれない味」につながっていきます。
味見とは、料理と交わす小さな対話の積み重ねです。その積み重ねが、最後の一口をうつくしくする。
立秋の空気が変わりはじめたこの季節に、ぜひ一度、自分の味見の習慣をたどり直してみてください。きっと、鍋の向こうに何か聴こえてくるものがあるはずです。
よろしければ一度、教室の体験レッスンにいらしてください。今日お伝えしたようなことを、台所に立ちながら、ひとつずつ丁寧にお渡しします。
