秋から始める、西荻窪の料理教室|栗と新米の季節に習うということ

料理教室 食の学びの前菜盛り合わせ

九月の西荻窪は、夕方の光がすこし低くなります。駅の北口を出て、乾物屋の前を通り、古書店の灯りを横目に歩いていくと、店先に並ぶものが夏とちがうことに気がつきます。きゅうりや茄子の隣に、栗が積まれている。魚屋の氷の上に、細い秋刀魚が並びはじめる。

そういう景色を見た日に、ふと「今年こそ、料理をきちんと習ってみようか」と思う方がいらっしゃいます。私はその気持ちを、とても正しいものだと思っています。理由は、これから順にお話しします。

西荻窪という、少し変わった街のこと

私どもの教室は、東京都杉並区西荻北にあります。吉祥寺と荻窪という有名な二つの街に挟まれた、少しだけ地味な駅です。土日は中央線の快速が停まりません。けれども、この街を好きな人は、その不便さごと気に入っています。

西荻窪には、杉並区のなかでも群を抜いて多くの商店街があります。二十を超えるといわれ、それぞれに顔がちがいます。地蔵坂のあたりは通称「骨董通り」と呼ばれ、古い器や道具を扱う店が続きます。古書店の数も多く、夜遅くまで灯りがついているので「夜の神保町」と呼ばれることもあるそうです。

なぜ、料理を学ぶ場所として、この街がいいのか。私は、選ぶ目が育つ街だからだと思っています。

大きなスーパーで買い物をすると、私たちは「並んでいるもの」から選びます。けれど西荻窪の商店街を歩くと、八百屋のご主人が「今日は栗がいいよ」と言い、乾物屋には昆布が何種類も並び、和菓子屋の店先が季節ごとに入れ替わります。買い物そのものが、季節を教えてくれる。教室で「今日の食材はなぜこれなのか」を学んだ帰り道に、その目で商店街を歩けるというのは、実はとても贅沢なことです。

パンやお菓子の店も多い街です。ベーグルの専門店があり、ケーキで名の知られた店もあります。教室の帰りに、今日の夕食の材料と、家族へのお土産をひとつ買って帰る。そういう寄り道ができるのは、この街の商店街が生きているからです。

骨董の店に並ぶ古い器も同じです。料理を習いはじめると、不思議と器が気になりだします。「この煮物を、どの皿に盛ろうか」と考えるようになるからです。そのとき、帰り道に器の店があるというのは、学びの続きが街に用意されているということでもあります。

料理教室で使う器
料理を習いはじめると、不思議と器が気になりだします。

駅から教室まで、そしてその先の吉祥寺へ

教室までは、JR西荻窪駅の北口から歩いて十一分ほどです。住宅街のなかを、ゆっくり歩いていただく道のりです。

歩くのが少し遠いと感じる日は、バスがあります。北口の一番のりばから、関東バス西10系統「吉祥寺駅北口行き」に乗って三つ目、「西荻北郵便局」で降りると、教室は目の前です。徒歩0分、というのは大げさな表現ではありません。降りたところが、もう教室です。

そしてこのバスは、そのまま吉祥寺駅の北口まで抜けていきます。ここが、意外と喜ばれるところです。教室は十一時に始まり、十三時半に終わります。ちょうどお昼を済ませた時間に街へ出るわけですから、帰りにバスに乗って吉祥寺まで足を延ばし、買い物をして帰る、という一日の使い方ができます。教室に来た日を、そのまま自分のための一日にしてしまう。そういう通い方をされている方が、実際にいらっしゃいます。

(土曜日にいらっしゃる方へ、ひとつだけ。西荻窪は土日、中央線の快速が停まりません。各駅停車でお越しください。これも、この街の愛すべき癖のひとつです。)

料理教室に通うというのは、何をすることなのか

ここからが本題です。

料理教室というと、「レシピを教わるところ」と思われがちです。けれど、レシピを増やすことが目的なら、今は本もインターネットもあります。それでも教室に通う意味は何か。私は、判断の基準を、自分のなかに持つことだと考えています。

たとえば煮物をつくるとき。レシピには「弱火で二十分」と書いてあります。けれど鍋の大きさも、火の強さも、その日の素材も、家ごとに違います。基準を持っている人は、蓋を開けて、匂いを嗅いで、箸を入れて、「ああ、もう五分だな」と分かります。基準を持っていない人は、時計しか見ることができません。

この差は、レシピの数では埋まりません。人が横にいて、「今、こういう状態ですよね」と言葉にしてもらう経験を何度か重ねることで、はじめて自分のものになります。これが、教室というかたちが今も残っている理由だと思います。

私の師匠は、こう言っていました。「料理は、引き出しにしまうものだ」と。

覚えた料理は、消えません。使わない年があっても、引き出しの奥に残っています。そして必要になった日に、ちゃんと出てきます。子どもが熱を出した夜、誰かが訪ねてきた日曜日、家族の記念日。そういう日に引き出しが開くかどうかで、その日の過ごし方が変わります。

料理を学ぶと、「今日は何を作ろう」という毎日の悩みが、少しずつ「何を作れるか」という選択に変わっていきます。同じ台所に立っていても、そこで起きていることが違うのです。

海老の変わり揚げ
覚えた料理は消えません。必要になった日に、ちゃんと出てきます。

なぜ、九月と十月から始めるのがいいのか

季節はいつでも巡ってきます。それでも私が「秋から」とお勧めするのには、いくつか理由があります。

ひとつめは、素材がいちばんわかりやすい季節だということ。

秋の食材は、味がはっきりしています。新米、栗、きのこ、里芋、秋刀魚、鮭、戻り鰹。どれも「素材そのものの味」が強く、余計なことをしないほうが美味しくなります。つまり、出汁の引き方や火の入れ方といった料理の土台が、そのまま味の違いになって表れる。学びはじめの季節としては、これ以上ないくらい親切です。

柿釜の和えもの
秋の食材は、味がはっきりしています。

ふたつめは、台所に立ちやすくなること。

夏のあいだ、火の前に立つのはどうしても億劫になります。九月の半ばを過ぎると、その気持ちがふっと軽くなる。煮物をしたくなる。汁物が美味しく感じられる。習ったことを家で作り直してみる、その一回目のハードルが、いちばん低い時期です。

みっつめは、暦がちょうどいいこと。

二〇二六年の九月七日が白露、二十三日が秋分、十月八日が寒露、二十三日が霜降です。九月のクラスは白露と秋分のあいだ、十月八日のクラスにいたっては、寒露のその日にあたります。露が冷たくなる、と書いて寒露。そういう日に、その季節の料理を習う。日本料理を学ぶうえで、暦と食卓がつながる感覚は、知識ではなく体験でしか身につきません。

ついでに申し上げると、今年の中秋の名月は九月二十五日です。九月のクラスにお越しになると、ちょうどその一週間ほど前になります。習ったものを、お月見の食卓に出していただけます。

そして、いちばん大きな理由。秋に始めると、年末に間に合います。

日本の家庭料理には、一年に一度しか作らない料理があります。おせち、梅干し、漬物。一年に一度ということは、練習の機会が一年に一度しかないということです。

九月や十月に習いはじめた方は、十一月、十二月には、ご自分の手が動くようになっています。そこに年末が来る。だしを引くことに慣れた手で、煮しめを作る。包丁の当て方を覚えた手で、なますを切る。「今年のおせち、少し違うね」と家族に言われる。その一言のために、三か月あれば足りるのです。

9月に始めると、年末に間に合います

秋に習いはじめた手が、そのまま一年に一度の料理に届くまで

9月
白露・秋分
習いはじめる
だしを引く
季節の素材を知る
10月
寒露・霜降
手が動きはじめる
煮る・揚げる
和えものを覚える
11月
立冬
家でつくれる
家族の食卓に出る
自分の味が決まる
12月
年の暮れ
おせちに間に合う
一年に一度の料理
「今年は違うね」

春から始めると、この本番までに九か月あります。時間はたっぷりありますが、緊張感がありません。秋から始めることの良さは、近いところにちゃんと出番があるということです。

料理を学ぶことは、その人だけの話では終わらない

教室をやっていて、いちばん驚くのはここです。

料理を習いに来られるのは、おひとりです。けれど、変わるのはその方だけではありません。

ご主人と話す時間が増えた、とおっしゃった方がいます。台所に立つ時間が長くなったからではなく、「今日はこれを習ってきた」という話題ができたからだそうです。食卓に、話すことが増えた。それだけのことですが、それだけのことが、家のなかの空気を変えていきます。

お子さんが独立されたあと、電話がかかってくるようになった、という方もいます。「卵焼き、どうやって作るんだっけ」と。四人のお子さん全員から、別々の日にかかってきたそうです。母親が作っていた味は、離れてから思い出される。そして思い出したとき、電話をかける相手がいる。

水面に石を落とすと、波紋が広がります。中心にいるのは学んだご本人ですが、輪はそこで止まりません。家族に届き、そのお子さんの家庭に届き、いつか会ったこともない誰かの食卓にまで届いていきます。

料理を学ぶというのは、自分のための時間のようでいて、実は、いちばん遠くまで届く投資なのだと思います。

「習わない理由」を、ひとつずつ

それでも迷われる方がいらっしゃいます。よく伺うのは、この三つです。

「時間がない」——私どもの教室は、月に一度です。木曜・金曜・土曜のなかからご都合のよい一日をお選びいただき、十一時から十三時半までの二時間半。月に一度、二時間半。これは、時間がないことを理由にできる分量ではないと、私は思っています。

「ある程度は作れるので、今さら」——むしろ、そういう方にこそ来ていただきたいと思っています。まったくの初心者よりも、すでに作れる方のほうが、伸びしろがはっきり見えます。「なぜ自分の煮物は決まらないのか」という問いを持っている方は、答えを受け取る準備ができている方です。

「続くかどうか自信がない」——だから、月に一度なのです。週に一度の教室は、二か月で苦しくなります。月に一度なら、忘れかけたころに次が来る。この間隔は、無理をしないために選んだものです。

理由を並べていくと、結局こうなります。近くにいい街があり、月に一度でよく、季節はちょうどいちばんいいところで、覚えたことは消えず、しかも家族にまで届く。

習わない理由のほうが、見つかりません。


体験レッスンのご案内

まずは一日、いらしてみてください。西荻窪の教室で、その季節の日本料理をご一緒に作ります。

九月の日程 9月17日(木)・18日(金)・19日(土)
十月の日程 10月8日(木)・9日(金)・10日(土)
時間 いずれも 11:00〜13:30
体験レッスン 5,500円

いずれか一日をお選びください。JR西荻窪駅北口から徒歩11分、または北口一番のりばより関東バス西10系統「吉祥寺駅北口行き」で三つ目、「西荻北郵便局」下車すぐです。

▶ 体験レッスンのお申し込み・お問い合わせはこちら

栗と新米の季節に、お目にかかれますことを楽しみにしております。

この記事を書いた人

柿澤ひとし