夏野菜は、切り方で別のものになる

夏野菜は、切り方で別のものになる

暦の上では、もう秋です。

繊維の方向
断面と味の染み
火の入り方
食感の設計

立秋という言葉には、どこか申し訳なさがあります。外はまだ真夏の顔をしているのに、暦だけが先に涼しい顔をして進んでいく。ただ、朝晩の空気をよく澄ませて嗅いでみると、ほんのわずか、青みがかった風の気配がある。季節は、感じようとする人にだけそっと教えてくれるものなのかもしれません。

この時季の台所には、ナス、きゅうり、ズッキーニ、オクラ、ゴーヤ。夏野菜が当たり前のように並んでいます。毎年同じように買って、同じように切って、同じように料理している。そのこと自体は悪くないのですが、もし「いつもと少し違う味にしたい」と思ったとき、調味料を変える前に試してほしいことがあります。切り方を変えてみる、ということです。

断面が、野菜の表情を決める

野菜を切るとき、私たちは無意識に「だいたいこのくらいの大きさ」で手を動かしています。でも、包丁の角度と方向が変わるだけで、同じ野菜がまったく異なる料理になる。これは少し驚くべきことではないでしょうか。

たとえばナスを縦に薄切りにしたとき、横の輪切りにしたとき、乱切りにしたとき。それぞれ、火の入り方が違います。油の吸い方が違います。口の中での崩れ方まで違う。同じ素材、同じ調味料なのに、仕上がりはまるで別のものです。

なぜかというと、野菜には繊維の方向があるからです。繊維に沿って切れば、素材はある程度の歯ごたえを保ちます。繊維を断ち切るように切れば、柔らかく、味が染みやすくなる。これは肉の筋と同じ理屈で、切り方が「どの方向から細胞を壊すか」を決めているわけです。台所の中に、小さな科学がひそんでいます。

きゅうりで考えてみるとわかりやすい。斜め薄切りにしたきゅうりと、たたいて割ったきゅうりを、同じドレッシングで和えたとします。前者はさっぱりとした歯触りで、後者は味が深く染みて、ぐっと存在感が出る。たたくことで細胞が不規則に壊れ、断面が増え、調味料の入り口が増える。料理人はこの「断面の数」を意識して、切り方を選んでいます。

切り方というのは、料理の設計図の最初の一行です。そこで方向を決めると、あとの工程はほとんど自動的に決まってくる。炒めるのか、煮るのか、生で食べるのか。それによって最適な切り方が変わる、というよりも、切り方の時点でもう「この野菜はどう食べるか」を決めているとも言えます。

ズッキーニをソテーするなら、厚めの輪切りが表面に焼き色をつけやすく、中がしっとり仕上がります。薄切りにすれば、あっという間に火が通る代わりに、食感は繊細で、仕上がりはどこかやさしい印象になる。同じフライパン、同じオリーブオイルでも、別の料理が皿に乗ります。

切り方は、野菜への最初の問いかけです。「あなたをどう食べたいか」という問いに、包丁の角度で答えている。そう考えると、まな板の前に立つ時間が、少し変わって見えてくるかもしれません。

立秋を過ぎ、夏野菜はそろそろ最後の盛りを迎えます。同じナスを、今日は縦に薄く切ってみる。それだけで、夏の終わりに新しい一皿が生まれます。切り方を変えることは、レシピを変えることよりも、もっと根っこに近いところにある変化です。こうした手順は、教室でも最初にお伝えしていることです。

この記事を書いた人

柿澤ひとし